「もちろんです。もっと言わせてもらいましょう。
楽しくなかったら、描きませんって!」(A:13P)
*「絵というものはぼくにとって、愛すべきもの、愉しくて美しいものでなければならないんだよ。
そう、美しいものだ!
人生には厭なことが多すぎるんでね、これ以上厭なものなんかこしらえたくないんだよ。
一枚の絵が愉しいものであって、しかもなお偉大な絵であるとひとに認めさせることはむずかしい、そんなことは、ぼくだってよく判ってる。
フラゴナールはにこやかだったので、ひとはたちまち彼をつまらぬ画家だと語るようになってしまった。にこやかな人間は真面目だと思われないんだな。
礼服を着込んだ芸術は、絵画でも音楽でも文学でも、いつもひとをたまげさせるのだよ」(B:76-7P)

「1883年頃、制作にある種の断絶が生まれた、ということだ。
僕は印象主義に行き詰まっていた。
そしてその結論は、どう絵具で描いたらよいか、どうデッサンしたらよいか、分からないということだった。
つまり、僕は袋小路に迷い込んでしまったんだ。」(A:159-160P)
*(批評家ジョルジョ・リヴィエールに語った言葉)
「頭の休息になるよ、花を描くのは。モデルを前にしたときのような緊張感はないし、いろいろな絵具をおいて、色価を大胆にだすこともできる。
カンヴァスを無駄にしたって構わない。
でも、人物となるとそうはいかない。
全体を損なわないよう、気をつかうからね。
それに、こんな風に花を描いた経験が別の絵を描くときに応用されるんだ。
人物を描く画家にとっても、風景画は有益だ。・・・」(A:180P)
*(50歳を前に)
「本当にやむを得なかった場合を別にして、一日だって描かなかった日がなかったと思うよ」
「自分の描いているものが好いのか悪いのか、さっぱり判らなかった。
だが完全に、どうだっていいやと思うところまで到達していたんだな」(B:288P)
*(70歳を過ぎて語った言葉)
「僕はまだ、少しはましになっていくようだ。
どう描けばいいのか、分かりかけてきたよ。
ここまでくるのに50年かかった・・・しかもやるべきことは、まだたくさんある!」(A:279P)

「勲章をもらうことになってしまった。
それが正しいか間違っているとかを言うためにこの手紙を書いているのではないことは判ってくれ。
あのリボンの切れっ端が、ぼくたちの昔からの友情にひびをいれることがないようにと書いているのだ。
だから、どんなひどいことでも不愉快な言葉でも浴びせてくれ。
ぼくが馬鹿げたことをしたにせよ、そうでないにせよ、冗談ではなしに、そんなことはどうでもいいのだ。
ぼくに大切なものは君との友情だ。
ほかの者との友情なんて、どうでもいいと思うほどなのだ。」
(その3日後、「馬鹿げた手紙」をモネに出してしまったことに気が付いて)
「ぼくは悩み、苛々していて、何をどうすればよいのか判らなかったのだよ。
そんな時に手紙なんか書くもんじゃないね。
ぼくは少しばかり考え過ぎたのだよ。
ぼくが勲章を貰おうと貰おまいと、君には何も関係もないのにね。
・・・あの手紙は破り捨ててくれ。
このことについてはもう話すのはよそう。
友情万歳だ!」(B:356P)


(ローマ、ファルネジーナ宮のフレスコ画を前にして)
「これには知識と知恵が満ち満ちている。彼はぼくみたいに不可能なものを追い求めたりはしなかった。それにしても美しい。油絵ではアングルが好きだが、フレスコ画には驚くほどの単純さと偉大さがある」(B:214P)
*ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル
(1862年頃、ルーヴル美術館でアングルの《リヴィエール夫人像》を見て)
「《リヴィエール夫人》の頸筋の描き方ときたら、何と言ったらいいだろう!もちろんぼくは、性格的にはドラクロワの方に惹かれるよ。…だからと言って、アングルにびっくりしてはならぬということにはならないものね。この素晴らしい肉付け、この形態の表現における完璧さ、この線描の支配力、そして、ヴェールで覆われたように霞まされていながらも透明な、抑制されていながらも活き活きとしたこの官能性、完全に抑制された情熱が、この容態と表情に強い生命感を与えている…」(B:128-9P)
*フランソワ・ブーシェ
(トゥルーズ=ロートレックなど若い芸術家たちに向かって、一時期、金曜毎に開いていた夕食会で)
「君たちは、ブーシェがそんな風に描いていると思っているのかい。ともかく試してみたまえ。・・・そう、易しそうだね。・・・易しかったんだよ、彼にとってはね。彼の筆は肩やお尻を愛撫しているんだな。・・・試してみたまえ!」
*ラファエロ・サンティ
(ピッティ宮殿のラファエロ《小椅子の聖母》を見て)
「ところが今、ひとが描きうる最ものびやかで堅固で、驚くほど単純な活き活きとした絵を眼の前にしている。本当の肉をもった腕と脚。なんと母親らしい優しさと感動的な表情をしていることか。」(B:214P)
*ディエゴ・ベラスケス
(ルーヴル美術館にて、《王女マルグリット》を前にして)
「《王女マルグリット》の薔薇色の小さなリボン。画家の技術のすべてが、ここにこめられてるんだな。それに眼とそのまわりの皮膚、これはまたなんと美しい!感傷や安っぽい感情なんかそのかけらさえも見付からないね。」(B:303P)
(1892年、富豪の蒐集家ヴェリテ座所有者のポール・ガリマールとスペインを旅行中に)
「スペインの宮廷を描いた絵を見たまえ。描かれている人物はどれも、おそらく庶民階級の出だろうね。だが彼らには、この上もない品位が与えられている。彼らに付与されているのはベラスケス自身の品位だな。例えば《槍》という作品だ。絵の上手さは言うまでもないが、この征服者の身ぶりは、なんて巣晴らしいんだ。他の画家だったら、気取った征服者にしてしまうとこだぜ。黒と白の薄塗りで刺繍の厚く重たげな感じをこしらえる、そんな手法をベラスケスは見付け出したんだな。それに《つむぎ女工たち》はどうだい。こんなに美しいものをぼくは知らないね。ベラスケスは余りにも通俗的な画家だ、と言ったのはシャルル・ブランだったかな。相も変わらず絵画の中に思想を求めようとする手合いだ。ぼくは愉しむだけで満足だね。巨匠たちの絵に欠点を見付けようとするのが、美術学校の先生方さ。」(B:305-6P)
*ティツィアーノ・ヴェチェッリオ
(同じくスペイン旅行中に、マドリッドにてティツィアーノの《フィリップ二世の肖像》《ヴィーナスとオルガン弾き》をみて)
「この肉体の清らかさはどうだい。撫でさすりたくなってくるね。この絵を見ているとティツィアーノの絵を描く悦びがじかに伝わってくるよ。・・・一枚の絵に、画家が感じている描きたいという情熱が認められるときには、その画家自身の悦びがぼくを喜ばしてくれてるわけだ。傑作を眺めて感じられる喜びで、ほんとうにぼくは第二の人生を生きさせて貰っているのだ。」(B:304-5P)
*フランシス・デ・ゴヤ
(同じくスペインを旅行中に、プラド美術館を訪れゴヤの《カルロス四世の家族》を見て)
「これを見ていると、王様は豚みたいだし、王妃は居酒屋から逃げ出してきた女みたいだ。まあ、それ以上は言わないことにするが、そんな風のことだけはよく判るね。だが王妃を飾り立てているダイヤモンドはたいしたものだ。ゴヤみたいにダイヤモンドを描けた者はひとりとしていないね。」(B:304P)
*リチャード・パークス・ボニングトン
(ターナー、コンスタブル、ローレンスに続くロマン主義の画家。26才で早世したにもかかわらず、その後の画家に大きな影響を与え、フランス、イギリスで高く評価されている。)
ルノワールは、イギリスの画家のなかで、ボニングトンが最も卓れていると考えた。(B:335P)
*クロード・ロラン
(ロンドン・ナショナル・ギャラリーにて)
「風景の清澄な空気と遥かに遠い空」が彼を感動させる。(B:335)
*ヨハネス・フェルメール
(オランダ・ハーグに訪れて、フェルメールに感銘を受ける。その後、ドレスデンへ訪れ、フェルメールの《女衒》を見て)
「画家に描かれた人物の中で最も正直そうな女だ」(B:337P)
出典
A=『ルノワール その芸術と生涯』 F・フォスカ著/幸田礼雅訳 美術公論社
B=『ルノワールの生涯』 アンリ・ペリュシュ著/千葉順訳 講談社
A=『ルノワール その芸術と生涯』 F・フォスカ著/幸田礼雅訳 美術公論社
B=『ルノワールの生涯』 アンリ・ペリュシュ著/千葉順訳 講談社










